1.プロローグ


わたしがその病院に行ったのは、前々から持っていた、子宮筋腫がいきなり暴れだしたからだった。2001年のある夏の日、仕事中のわたしは、なんともいえない嫌な感触を感じ、慌ててトイレに駆け込んだ。びっくりするような出血…それは、制服のスカートにまで染みていた。確かにその日は生理の2日目。少々出血が多いのは不思議ではない。が、その時の出血は、異常に思えた。「ああ、とうとうわたしにも、筋腫の症状が出たんだ…。」わたしは、小さな粘膜下筋腫を持っていることは、以前から知っていた。ただ、症状が激しく出ることが多い粘膜下筋腫のわりには、全くその症状(生理痛・生理の時に大出血する…など)がなく過ごしてきており、年に一度、がん検診と筋腫の経過観察を続けてきていた。転勤族の夫を持つわたしは、決まったかかりつけの病院というものがなかった。そういう事情もあり、どこの病院にいこうか迷っているうちに、2ヶ月が過ぎた。やはり、2日目の出血はひどく多かった。夜用ナプキンが1時間持たないときもある。おちおち、電車に乗っていられない。こんな生活は耐えられない!手術できるものなら、さっさと手術しようと、病院大嫌いなわたしが、あの時ばかりは、あっさり決意したのだ。そこでわたしは、当時働いていた職場で、どこか良い病院はないものか、何人かに聞いてみた。ある人に勧められた病院に電話をし、自分の希望する受診の曜日を言ったところ、主治医であるDr.Yと出会うことになったのだ。初冬のことだった。

筋腫を摘出するために、スプレキュアによるホルモン療法をすることになった。そして、3月。内視鏡による筋腫核出術を受けたわたしは、術後の検診のため、外来に来ていた。術後1週間が過ぎていたその日、Dr.Yの部屋でのあの出来事は、一生忘れられないだろう。

その日の外来は、異常に混んでいて、座れずに立って順番を待っている人が何人もいた。しかし、わたしの心境は、うっとうしい筋腫とおさらばできて、ルンルンといった感じだった。これで、あの大出血からはきっと解放されるのだ。Dr.に、「どうですか、術後の調子は…。」と聞かれ、「まだ少し薄い出血がありますけど、痛みも全然ありませんでしたし、あとは、生理が来るのを待つだけです。」と、答えた。すると、Dr.は、「そうですか…。実は、今日は重大なお話があります。」と言ったのだ。この一言で、鈍いわたしでもすぐにピンときた。あ〜、わたしは、「がん」なんだ…。分かったけれど、Dr.の言葉を待った。「先日の筋腫の手術で摘出したものを病理で調べたところ、がんと見られる細胞があったので、しっかり調べるようにという報告が来てるので、今日できる検査をこれからしてしまいましょう。ただ、先日撮った(筋腫の手術の前に撮っていたもの)MRIでは、あやしい感じはないから…。」

今思えば、いわゆるがんの告知をいきなり受けたのだが、かなり冷静だった。まぁ、あまりに突然、青天の霹靂で、実感がわかなかっただけだったのかもしれない。わたしは、「病理の検査でそういう結果が出たということは、まず間違いはないんですね。今日の検査っていうのいは、確定させるっていうことですか?検査ではっきりしたら、手術ってことになるんですよね。etc.」とマシンガンのように質問していた。Dr.は、「とにかく、検査をして、はっきりさせないと。はっきりさせないことにははじまらないから。検査の準備が出来たら呼ぶから、外で待っててください。」とわたしに告げた。外に出ると、人がいっぱいで、座るイスはなかった。内診室の前で、がんを告げられたばかりのわたしは、壁に寄りかかり、内診の順番を待つことになった。不思議なことに、頭の中は「がんです。」「ガーン」というおやじギャグが巡っていた。現実逃避だったのだろうか?あの時のなんだか説明のつかない嫌な気持ちは忘れられない。内診室に呼ばれ、内診台に座ってDr.を待っている時に、涙が出てきた。何が悲しいというわけでもなく、ちょっぴり涙ぐんだという程度だったと思う。が、しっかりナースに見られてしまった。ナースに「花粉症ですか?」と聞かれたわたし。なんと答えたものやら…。「ええ、まあ。」と言ったものの、あの時泣いていたのは、花粉症のせいじゃありません!、細胞診・組織診・経膣エコーをした。組織診は、痛かった!後でネットで見ると、失神しそうだったとか、立てなかったとかともあったが、それ程ではなかった。エコーを見ながら、Dr.は、再度、「エコーの感じでも、怪しい感じはしないんだけどね…。」と、呟いていた。

再度Dr.の部屋で話があった。「MRIも、エコーも、いかにも怪しいって感じはないですね。ひょっとすると、筋腫を取った時に、がんは取り切れているかもしれないです。そういうことも無いとは言えない。前にも、組織診で確かにがんが見つかったのに、全摘したら、がんはもうなかったっていうケースもあったし…。とにかく、あと今日は血液を採って、腫瘍マーカーを調べて、あと、今度の外来の前にCTを撮って。CT撮った後で、今日の結果の説明もしますから…。」ということだった。わたしは、「場合によっては、抗がん剤もするんですか?わたし、抗がん剤は、出来たらしたくないんです。」とDr.に話していた。わたしが抗がん剤に抵抗があるには、それなりの理由があった。わたしの実父が急性骨髄性白血病で亡くなったのだが、抗がん剤の副作用により亡くなったのだ。父の闘病を見ていたわたしにとって、抗がん剤のイメージはよくないものだった…。